歩道に根雪の残る時期
2月に入って、私の所属するNPO「チェルノブイリ救援・中部」の派遣団が10日間の日程でジトーミル市とナロジチ地区を訪れ、私はその通訳をしていました。
その後、例年の外国人居住登録(現在は、なぜか「滞在期間延長」と言われている)の手続きを始めようとしたところ、問題が発生。説明を始めると長くなるので細かいことは省きますが、解決に手間取って、登録が完了するのは3月6日の予定です。しかしこの国のこととて、登録のスタンプが押されたパスポートを手にするまでは決して気が抜けません。
この間気温は一時零下になり、雪もいくらか降って、歩道に根雪がこびりつく冬場におなじみの景色が見られましたが、2月末から何日かはまた気温がプラスに転じ、凍っていた雪が昼間には解けてぬかるんでいました。
低迷する経済情勢
経済危機に対する国の施策としてはかばかしいものは認められず、グリヴナの対ドル相場は一時また1ドル=9.3グリヴナまで下落、その後8.5グリヴナに戻っていますが、どうなることか。年末には1ドル=15グリヴナまで下がるのではという予測もあるとかで、「『何でも15グリヴナ』の店でドル売出し中!」という笑い話も雑誌に出ていました(「何でも○○グリヴナ」という、日本の百円ショップのような店は、規模はだいぶ小さいですが、私宅の最寄りの地下鉄駅そばでも見かけます)。
ウクライナの主力輸出産業である冶金工業や化学工業の生産高は昨秋からすでに半減しており、学校や病院(いずれも大半が公営)でも給料遅配が始まっていて、08年の貿易赤字は185億ドル。09年度(1月1日からの1年間)の国家予算では、年内に国内総生産が0.4%成長すると見込まれているものの、各種国際機関の判定では14.4%の減少が予想されているそうです。昨年決定された国際通貨基金の融資も、2度目の入金に待ったがかかっている状態(赤字国家予算の見直しや、国内でのガス料金の段階的値上げが要求されている)。
ローンが払えなくなった人たちの手放した車が中古車市場に放出されたせいもあって、新車の売れ行きは一気に落ちており、キエフ市内のトヨタの代理店ではここ2ヶ月ほど1台も売れていない? といううわさも耳にしました。誇張もあるのかもしれませんが。
原発構内の「新石棺」建設のゆくえ
2月上旬には、チェルノブイリ原発職員の町スラヴチチから原発まで往復していた電車が、予算不足のため運転停止、職員たちは徒歩で通勤しているという映像がTVニュースで流れましたが、その直後、2月16日には、原発構内に予定されている使用済み核燃料貯蔵所及び「新石棺」建設のため、ヨーロッパ復興開発銀行が1億3,500万ユーロを融資することでウクライナ政府と合意したという報道がありました。「新石棺」工事完了の時期についての質問に対し、同行総裁は、「同様の建造物は世界的にも例のないものであるため、具体的な日程を示すことは不可能」としつつ、「いずれにせよ、我々の設定する目標は、2012年までに現場で具体的かつ良好な結果が得られることだ」と答えた由。
2001年に私が中国新聞の田城氏とチェルノブイリ原発を訪れた際には、「2005年までには『新石棺』の工事は完了するでしょう」との説明を受けたことを思い起こすと、2012年までに実際どのような結果が得られるかは大いに疑問であると言わざるを得ません。
キエフ市長が配給する食品セット
先週、私の長年の知人で、チェルノブイリ事故発生の夜に消防士らの被曝線量測定にあたったNさんのお宅にしばらく振りにお邪魔したところ、月額1,100グリヴナ強だった老齢年金が「算定を誤っていた」との理由で700数十グリヴナに引き下げられたとの話でした。ちなみにNさんは、根拠となる書類が不足しているとの理由で、未だに事故処理作業者の資格を認定されていません。
キプロスとアメリカで暮らしている娘さん2人の、それぞれの国での経済危機に関する情報を聞きながらお茶をいただき、お茶請けに出たチョコレートをつまみましたが、これはキエフ市長チェルノヴェツキイ氏が年金生活者に時折配給する食品セット(当地では茹でて食べるソバの実、紅茶、食用ヒマワリ油など)に入っていたものだそうです。ソ連時代からのレトロな包装(プラトークをつけた女の子の顔がかわいく描かれており、チョコの名前は「オーレンカ」)を残した板チョコで、日本からチェルノブイリ被災者の救援活動に来る人たちもお土産に買って帰ったりしています。
チェルノヴェツキイ氏提供の食品セットは、選挙に行く率の高い年配者の人気を確保するためのばらまき福祉として有名なもので、以前から話には聞いていましたが、そのおすそわけに自分があずかるとは思いませんでした。
物議をかもす市長のさまざまなアイディア
最近、公共料金等の値下げの陳情のため市民が市役所に詰めかけた折、市長はお年寄りにむかって「アパートを市に譲渡して、老人ホームに入ればいいんですよ! 楽しいところですよ! 老人ホームでも人生は続いていて、結婚する人もあるんですからね!」と発言した…という話を私は知人から聞きましたが、年金生活者を老人ホームに入れ、彼らの住んでいたアパートを賃貸して市の収入にする、という発想が公にされたのは事実のようです。珍妙なセリフと奇行で常に物議をかもし、「宇宙人」とあだ名されている市長のこと、こういう発想が上記のようなエピソードに形を変えたとしても不思議ではありません。
最近の市長の思いつき(?)としては、市営墓地への入場を有料にする、学校の生徒の図画をチャリティ・オークションで販売する、高級車の持ち主から贅沢税を徴収する、市の動物園で政治家の似顔絵つきマトリョーシカを販売する、などなどがあるそうですが、これも昨年度の市の収入が予算に見積もられた額の8割でしかなかったことに端を発している、というのが雑誌の記事での解説です。
墓地への入場の有料化、児童画の販売などのアイディアは、検察庁によって異議を発せられているということですけれども。
昨年のリコール選挙では37%の得票率で市長職をキープしたチェルノヴェツキイ氏の支持率は、今や6.5%にまで落ち込んでいるそうですが、市議会で彼を支持する派閥が過半数を占めているという現実があり、この問題人物はまだしばらくはマスコミに記事のネタを提供し続けるものと思われます。雑誌に載っていた笑い話で、「『チェルノヴェツキイ市長は3月末まで休暇を取ったそうだね』『ああ。市議会は、3月の日数を365日にするという議案を検討中だよ』」というのがありましたが…。
カーシャ・サリツォーヴァのスタンス
さて、2月半ばの週刊紙に、だいぶ以前拙稿で紹介したロック・バンド「朱儒ツァヘス」のヴォーカリスト、カーシャ・サリツォーヴァ(本名サーシャ・カリツォーヴァ)のインタヴューがあり、待望の第2アルバムが準備中とのことでした。彼女はロシア生まれ、7歳からキエフで育ったということで、母語はロシア語だそうですが、歌詞はすべてウクライナ語で書いています。
ウクライナの軽音楽界(というんでしょうか)や音楽ジャーナリズムに対する手厳しい批判の言葉もありますが、「ウクライナ人がみんな、スーパーマーケットのレジでポリ袋を買うんじゃなくて[竹内注:これはどのスーパーでも有料]、自分のバッグかポリ袋を持っていくようになってほしい。そうすれば、少なくとも、燃やされたプラスティックの入った空気を吸い込む量が減るはずだから」という発言もありました。「ツァヘス」の創設した環境保護を呼びかけるサイトで、オリジナル・マイバッグ(?)の発注もできるということです。
「ポピュラーなTV局の番組にほとんど出ないのはなぜですか?」との記者の質問に対しては、「私が人の注目を必要とする唯一の場所はステージ。そのために、自分の私生活を安売りして、カメラの前でマヨネーズの質がどうだとか論じたり、スケートをしてみせたりする必要はないでしょう。だから私は自分の興味がない番組には出ないのJ」と答えています。
「今のところ、ウクライナの政治家はみんな本物の政治家ではなくて、どこかの企業の利益を代弁するビジネス・プロジェクトにすぎない」というコメントもありました。それじゃまた。
(2009年3月2日)
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