No.45
竹内高明(キエフ在住)
深まる大統領と首相の対立

しばらくお休みして失礼しました。前回の拙稿以降、「我らのウクライナ+国民自衛」「ティモシェンコ・ブロック」「リトヴィン・ブロック」の3党派の連立内閣がいちおう成立、最高会議ではリトヴィン氏が議長に返り咲き、解散・選挙の話はどこかにいってしまったものの、大統領と首相の対立は収まる気配がありません。

12月にはウクライナの通貨グリヴナの対ドル・対ユーロ相場が急速に下落、下旬には一時1ドル=10グリヴナにまで達しました。その後いったん1ドル=6グリヴナにまで持ち直したものの、1月に入っても安定せず、25日現在で1ドル=8.1グリヴナ程度です。

ティモシェンコ首相はこれを大統領と国立銀行総裁が自らの利益を狙って意図的に仕組んだものとして告発、総裁の辞職を求めていますが、総裁の任命権を持つユシェンコ大統領はこれに屈せず、泥仕合の様相を呈しています。

急激なグリヴナ安の影響

いずれにせよ、急激なグリヴナ安の結果最も打撃を受けたのは、ドル建てで融資を受けていた企業や個人で、ローンの返済ができなくなり、マンションや車を手放さざるを得なくなるといった例も少なくないようです。

国家統計委員会の発表によれば、08年中に消費者価格指数は22.3%上昇した由。輸入品の価格が上がっているのは当然で、ウクライナが農業国であることがまだしも庶民の救いといえるでしょう。石油価格が下がり始めてからは、野菜などの価格は比較的安定しています。とはいえ、大手スーパーマーケット・チェーンで売られている、トルコやEUからの輸入野菜や果実は値上がりが必至。私はいつも、自宅から最寄りの地下鉄駅のそばにあるマーケットに続く道沿い、昔ながらの露天の屋台がならぶところで地場の野菜を買っているので、スーパーでの価格はよくわかりませんが。

作家アンドルホーヴィチ氏の見解

200810月から(ドイツの基金の?)助成金を支給されてベルリンに滞在している作家アンドルホーヴィチ氏は、ドイツのメディア(シュピーゲル・オンライン)のインタヴューに答え、「ティモシェンコは権力に飽くことを知らぬ偽善者で、田舎芝居のへぼ役者だが、残念ながら彼女の演技がウケているため、ウクライナでは混乱が民主主義の発展を妨げている…ユシェンコが誰とでも妥協を求めた結果、改革は立ち消えになっている」とし、新連立内閣に加わった派閥のリーダーであるリトヴィン氏は、ユシェンコ・ティモシェンコ両氏が2004年に対決した前大統領クチマ氏とごく近い関係にあったことを指摘。

ロシアの対ウクライナガス供給問題については、「『ガス攻撃』は、ロシアが好んでウクライナに行使する圧力の一手段」と評しつつ、同時にウクライナ政界の内紛にも問題があるとして、「内輪争いのため、ロシアに対する共通の立場を構築することができていない」と批判しています。「ウクライナではすでに2度の政治的奇蹟が起こった。1991年の独立と2004年のオレンジ革命だ…[しかし09年は]停滞の年になるだろう。ウクライナの政治家はみな[国民の]信用を失ってしまったからだ」というのがこのインタヴューの締めくくりで、作家の判断はウクライナ国民の多くの意見とさほど異なってはいないものと思われます。

ガス供給停止の背景

ロシアとウクライナ、及び欧州諸国を巻き込んでの天然ガス供給問題は、日本では頻繁に報道されたようですので、この件についてここで改めて述べることはしません。ただ、週刊紙『今週の鏡』の解説記事では、「1231日、プーチン・ティモシェンコ両首相の間ですでに供給契約が締結される予定だったのが、土壇場になってユシェンコ大統領と、ロシアのガスプロム社とウクライナのナフトガス社の間で仲介を行っているロスウクルエネルゴ社(以下「ロ社」と略記)が介入。怒り心頭に発したプーチン首相はガス供給停止に踏み切った」というさる筋の情報が紹介されています。

2004年、クチマ前大統領時代に設立されたロ社の持株会社はスイス籍、さらにその会社の持株会社はオーストリア籍(だったと思います)。その結果、ロ社は税金を全くウクライナに納めておらず、同社の代表取締役フィルタシュ氏はここ数年でウクライナ有数の財閥を築いており、ティモシェンコ首相はロ社を廃止してガスプロム社とネフトガス社との直接取引を行うと繰り返し公言していたのですが、それが一向に実現されなかったのは、フィルタシュ氏に強力な政治的後ろ盾がついていたため……と、やたらに政界の内幕に明るい同紙の副編集長は書いており(彼女の夫は元国防大臣の最高会議議員)、その後ろ盾というのはユシェンコ大統領でしかあり得ないだろうと匂わせています。

代替エネルギー開発への取り組み

ロシアから供給されるガスを市場価格で購入することは、ロシアに対する依存を減らし、外交上対等の立場をとるためにも必須の施策であるとの説はこれまで各種マスコミでたびたび紹介されてきた意見ですが、今回、きわめて不透明なウ露政府間交渉の内幕はともあれ、それに向けて一歩が踏み出されたということになるでしょう。

 しかし、この問題は代替エネルギー源に関するウクライナのマスコミの関心をも喚起し、林業廃棄物の木屑などを使うボイラーで暖房を行っている田舎の学校や、バイオガス製造装置を酪農農場に設置しているメーカー(外資系企業)のこともTVニュースで紹介されていました。

ふだんは首都の大気汚染を避けるためガスを用いているキエフの火力発電兼熱供給所(集中暖房のスチームや集中給湯のシステムにもつながっている)では、ロシアがガス供給を停止した最後の数日、非常時に備えて備蓄されている重油にも手をつけたようです。もっとも、ガス・石油等天然資源がらみの利権がウクライナ政財界において多大なる闇の発言力を持ち続ける間は、EUの方がより真剣に代替エネルギーの開発に取り組むことになるのではないかと思いますが。

中央アジアからトルコを経由してEUにガスを供給するパイプライン建設に関し、EUとトルコの間で合意がなされたとの報道もありました。

飢饉の犠牲者に捧げる新しい記念碑・記念館をめぐって

 さて、今年の正月は、数年ぶりに雪にめぐまれこちらの新年らしい趣でした。私は自宅で、大家にもらったクリミアのシャンパンなどちびちび飲みながら11日を迎え、しかし一日中屋内にこもるということができない性格なので、夕刻には氷の張りつめつつあるドニエプル川を地下鉄で渡り、ドニエプル右岸の河岸段丘の上、第2次大戦の無名戦士の墓のモニュメントからほど遠くないところに昨年11月造られた、1932年〜1933年の飢饉の犠牲者に捧げる記念碑と記念館を見てきました。

ユシェンコ大統領は、この飢饉によるウクライナでの犠牲は当時のソ連指導部によって人為的に生み出されたもの、つまりウクライナ人のジェノサイドであるという歴史認識を世界的に広めるべしという使命感を抱いており、ウクライナ移民の多いアメリカ合州国を含む14ヶ国が現時点でそれを承認しているということです。ロシアがこのような歴史認識に同調していないことは言うまでもありません。

しかしこの記念碑と記念館の創設には75,000万グリヴナの支出が必要だったということで、経済危機の折、はたして国庫からのこのような多額の支出が適切であったのかどうなのか、批判も当然あるようです。それじゃまた。(2009年125)


デザイン&入力:Ryuichi Shimizu /Yoshiko Iwaya/Yumi Kusuyama /Hiroshi Hamasaki/Kayoko Ikeda/Takumi Kohei/Yui Kuwahara/Chihiro Fujishima■監修:Hiroshi Dewa

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