深刻な影響を与える世界的金融危機
11月中旬、キエフの街路樹はすっかり黄葉し、落葉が歩道に散らばり、朝晩は霧のたちこめる日もあります。
世界的金融危機はウクライナ経済にも大きな影響を与えており、今年、市内の両替所でのドル相場はおよそ1ドル=4.8グリヴナ前後で推移していたのが、10月末には一時1ドル=7グリヴナを超えるという事態が発生。国立銀行は5億ドルを放出してグリヴナの安定を図るという措置を取り、現時点では1ドル=5.80グリヴナ前後で推移しているようです。
ウクライナの大手建設会社の一つ「21世紀」社は、2007年前半期に10億ドル以上の利益を上げていたのに比べ、今年の同期には7670万ドルの損失を被っており、従業員の30%を解雇すると発表。また、業界3位の自動車工場「ユーロカー」は、生産量を5割削減。無給休暇に追い込まれたウクライナ東部の冶金工業の従業員らは、ロシアへの出稼ぎを余儀なくされている…などの報道が相次いでなされています。
IMF融資問題と選挙予算
財政状態改善のためウクライナがIMFから165億ドルの融資を受けるという件は、日本でも報道されたと思いますが、最高会議では10月29日、その条件を整えるため、最低賃金を2年間凍結するなどの施策を含む一連の法案を採決。
前回の拙稿で最高会議解散・選挙に関する大統領令について書きましたが、当初は12月7日という投票日が予定されました。しかし、「ティモシェンコ・ブロック」による最高会議の議長席封鎖で、選挙のための追加予算に関する法案の審議が進まず、この日程が危うくなってきたところで、上記のIMF融資問題が緊急となり、「我らのウクライナ+国民自衛」と「ティモシェンコ・ブロック」の妥協が成立。選挙予算に関する法案の審議が一時棚上げされた後、11月11日になって、大統領は選挙の期日を2009年に先送りし、2009年度の国家予算に選挙関連費用を盛り込むという考えを示しました(これ以前の小話で、「年内に選挙を行うことが困難となってきたため、2月1日を2009年の始まりとするという大統領令が発せられた」というのがありましたが)。
経済危機に対する政界の危機意識
11月12日には、やはり大統領のイニシアティヴで、経済危機対策挙国会議なるものが開かれることになっており、それには最高会議議長・最高会議の各派閥の長・首相及び主要省庁の大臣・各州の行政長ほか地方自治体の長・大企業の代表者・学者・金融経済問題の専門家らが出席するのだそうです。
しかし、「国際的な経済危機の暗雲がたちこめる中、ウクライナの政界は内輪の権力争いにうつつを抜かしており、その間の無為無策の悪しき結果がすでに現れている」というのが世論の大勢で、「国際経済危機なんて気にならない? ガスの価格がいくらになろうが関係ない? グリヴナの相場なんかどうでもいい? じゃ、あなたはユシェンコさんですね!」、あるいは「[大統領府長官]バローガがユシェンコに言う。『経済危機の折柄、コンサートや記念碑などの経費は削減すべきだとの意見もありますが…』『それは間違いというもの。ウクライナ経済の初七日や四十九日[原文では正教の慣例により『初九日や四十日』]の儀式は盛大に執り行わなければならん』」といった小話が雑誌に出ています。
「ウクライナ経済が好況を謳歌していた間、政治家たちは選挙のたびに国民に最低賃金・年金値上げを約束するという場当たりの票稼ぎ政策をとってきた。しかしそれは誤りで、税金をインフラの改善(企業の生産設備更新・省エネ促進など)に使うべきであった。
実際にはそうはならず、ウクライナは先進国に原料や半製品を提供する役割しか果たしてこなかった。IMFからの融資も、結局は政界と癒着した一部企業の延命策に用いられるだけではないか?」という論評もありました。
ちなみに今年の9月時点で、ウクライナの対外債務は1,000億ドルに及んでおり、2009年の貿易赤字は250億ドルになるだろうとの見通しがすでにあったそうです。
政界・財界に対する国民の幻滅感
10月下旬、すでに十数年ウクライナに住んでいる日本人女性Aさん・そのお連れ合いのウクライナ人男性Sさんと一緒にお茶を飲む機会がありました。
AさんはSさんと長くD市に住んでおられ、数年前Sさんの転勤でキエフに引っ越された方です。Sさんは外資系企業で働いており、Aさんと何度か日本を訪問されているそうで、その際には必ずAさんのご郷里に近い漁港の町で新鮮な魚を堪能されるのだとか。
キエフで中国の人たちが製造・販売している味噌でAさんが作る味噌汁を、毎日職場に持参し、同僚たちにも勧めているものの、今ひとつ人気を得られないそうで、「キエフのレストランで、まがいものの日本料理をうれしそうに食べている連中も、自分のうちでは作ろうとしない。健康によく美味しいものなのに」とSさん。
そのSさんによれば、「ウクライナで経済危機の本格的な影響が出るのはこれから。景気の落ち込みはしばらく激しく、落ち込み方が安定してくるまでにしばらくかかるのでは」とのことでした。
彼のウクライナ政界・財界に対する幻滅はかなりのもので、ご夫妻は将来的に日本に居を移すことも検討されている由。
長期に及ぶウクライナ在住
そういえば、私が以前キエフ言語大学で日本語を教えたYさんから最近電話があった際、「地下鉄でたまに先生を見かけますが、これだけ長くウクライナに残っている日本人がいるというので私は明るい気持ちになれます」と言われました。冗談半分、本気半分の発言でしょう。
ちなみに、地下鉄に限らず、街を歩きながら周囲の人をほとんど見ていないのは私の以前からの習性で、時々友人らに指摘されます。元教え子だった方に声をかけられて驚くことが稀にありますが、こちらから先に発見したことは一度もありません。
今秋の「日本文化月間」
さて、秋口になると、日本大使館等の後援による例年の「日本文化月間」というのがあり、恒例の生花デモンストレーション、アニメ・フェスティヴァル(「アニメ」という言葉はそのままロシア語やウクライナ語に入っており、「日本製のアニメーション・フィルム」を指します)、フィルハーモニー・ホールでの若手日本人演奏家たちのコンサートなどが行われました。
私は、おつきあいで、笙・琵琶・ギター・コントラバスという4人のユニットの演奏会に行っただけですが、これは正直なところどうもいただけませんでした。伝統楽器の演奏者の方々が新しい試みをやりたがる気持ちはわかるような気もしますが、伝統楽曲そのものの方が、むしろかえって「新しい」のではないかと思ってしまいます。
この「日本文化月間」と関係あるのかどうか、ここ数年10月に開かれているアジア映画フェスティヴァルでは『監督ばんざい』『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』『怪談』が上映されていましたが、私はこれらを観ず、キム・ギドク監督の『ブレス』を観ただけでした。キム監督のファンはウクライナの映画マニアの中でも多いようです。
某「アニメ」ファンクラブの活動
ロンドン在住の日本人日本語講師のIさんという方が、とあるいきさつで、キエフ市内のチェルノブイリ被災者団体の方々を対象に1ヶ月ほどヴォランティアで日本語講座を行っておられるのですが(4月にもすでに一度同様の授業をされており、今回はその続き)、そこに某「アニメ」ファンクラブの会員である女性Oさんが来ているそうで、このクラブの会員たちは孤児院を訪問、コスプレやアニメの主題歌で子どもたちを楽しませるという活動も行っているという話でした。しかしOさんはすでに1児の母。彼女のお母さんは、Oさんのアニメへの入れ込みぶりに不安を覚え、アニメ愛好者というのはドラッグ等にも手を出しているのではないかなどと猜疑心をつのらせているのだそうです。私の知る限り、当地のアニメ愛好者にそのような傾向はないようですが。それじゃまた。
(2008年11月12日)
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