No.43
竹内高明(キエフ在住)

政局激動の秋

お元気でしょうか。私が「チェルノブイリ救援・中部」の派遣団とジトーミル州ナロジチに滞在していた8月末、何日かかなり気温が下がって寒い思いをしたことがあったのですが、その後暑い日もあったものの、9月半ば頃からは10℃前後の気温になって雨が続き、陰気な天候でした。925日だったかにやっと晴天が戻り、その後は10月に入ってもおおよそ穏やかな秋らしい日和です。

しかしこの間、夏休みの終わった最高会議では、またも政局が激動していました。

大統領権限に関する法改正案をめぐって

9月初め、大統領の権限を一部削減して首相に移譲する法改正案を、連立与党中の「ティモシェンコ・ブロック」と野党の「地域党」が組んで可決してしまい、これに対して、連立を形成するもう一つの与党であり、大統領支持派閥の「我らのウクライナ+国民自衛」が連立離脱を宣言。この宣言は10日後、最高会議議長ヤツェニューク氏により正式に承認され、同時に「我らのウクライナ」所属の同氏は議長職を辞任。

「我らのウクライナ+国民自衛」所属の大臣たちは内閣に残ったものの、連立崩壊から30日以内に新たな組み合わせの連立が成立しない場合は、大統領に議会解散発令権が生じる…というのが、現行の憲法の規定です。

「我らのウクライナ+国民自衛」と「ティモシェンコ・ブロック」の妥協・再連立がまずあり得ない以上、最も可能性が大きいとされていたのは、「ティモシェンコ・ブロック」と「地域党」の連立。とはいえ、政策上はっきりと対立し、支持層も明らかに異なる2党の連立は、特にこれまで「ティモシェンコ・ブロック」に投票してきた有権者の反発を買うことが必至。

低落の一途をたどるユシェンコ大統領の人気

一方、大統領府長官のバローガ氏とともに「首相いびり」に不毛なエネルギーをせっせと費やしてきたという感を免れないユシェンコ大統領の人気は、低落の一途をたどっています。ここでまたしても最高会議解散・選挙の道を選べば、この間の大統領・首相・議会のとめどない内輪もめと非効率極まりない仕事振り、実現されないままの選挙公約に対する国民のうんざり感をいっそうつのらせることになり、「我らのウクライナ」の議席数減少は避けられないものと各種メディアでは取り沙汰されていました。

「我らのウクライナ」所属で、著名なロックバンドのリーダーでもあるヴァカルチュク氏は、このように醜い権力争いで議会は機能不全に陥ったとして議員職を辞任してしまいました。文部科学省大臣である氏の父親(元リヴィウ大学の学長で、たしか物理学者)は、未だ内閣にとどまっていますが。

最高会議解散

しかしついに、108日夜の「国民への呼びかけ(語りかけ?)」のTV放送で、ユシェンコ大統領は最高会議解散を宣言しました。このスピーチにはティモシェンコ首相批判の弁舌もたっぷりと含まれていたようですが(私はその時地下鉄で移動しており、画面を観ていません。ネットのニュースで要約を見ました)、ここで紹介するまでもないでしょう。

ただ、選挙の期日については言及がなかった由。大統領は現在イタリアを訪問中ということですから、この放送は事前に録画されていたわけです。ともあれ、再選挙まで再び最高会議の機能が滞り、政治・経済改革が遅々として進まない現状がそのまま続いていくことはほぼ間違いありません。

ロシアのグルジア侵攻をめぐる対立

ロシアのグルジア侵攻に際しては、大統領がロシア黒海艦隊の示威的な動きに制限を加えようとしたのに対し、首相はその主張に法的な根拠がないことを指摘、ロシアとの関係を徒に緊張させることは避けるべきとの態度を取りましたが、大統領府はこの首相の態度がウクライナの国益を損うものだと告発。

一方「地域党」党首のヤヌコーヴィチ氏は、南オセチアとアブハジアの独立を認めるべきと発言、この問題も、各党派間の亀裂を鮮明にするのに役立っただけでした。

その後、ウクライナがグルジアに非合法に兵器を提供したとするロシア側の非難に対して、ウクライナ外務省は「199310月の、アプハジアへの武器供与を禁止する国連決議に反して、ロシアはグルジア国内の非合法武装独立運動組織に各種兵器を提供してきた」と反論。

NATOEU加盟を目指す路線のゆくえ

ウクライナの現政権のNATOEU加盟を目指す路線に対し、ロシアは露骨に牽制する姿勢を見せてはいますが、グルジアと異なり、国内での武力を伴う衝突や対峙関係が存在しないウクライナで、グルジアと同様の事態が出来することはまずないと考えてよいでしょう。

なお、9月に開かれたEU−ウクライナサミットでは、ヴィザなし交通の導入に関する対話の開始と、2009年後半に連合に関する協定の調印を行うことが合意されたのみで、EU加盟に向けてウクライナが実施すべきプラン(政治改革や経済的・社会的改革、法や交通網の整備、環境保護など)の進捗がはかばかしくないことがマスコミでは指摘されています。

《日本語弁論大会》に出席して

さて927日には、例年の日本語弁論大会がキエフ言語大学の講堂で行われ、私はまた頼まれて質問者の一人として出席しました。キエフの学生が8名、地方の学生が8名参加しましたが、今年は「ストレスの対処」について話したハリコフの学生が優勝。第13回目になるこの大会で、キエフ以外からの参加者が1位を獲得するのは初めてだそうです。私は、たぶん毎年この大会に出席しているのですが、基本的に勝負や順位に興味がないせいもあってか、よく覚えていません。

もっとも、上位入賞者以外は繰り返しての出場を認められており、このハリコフの人はすでに出場歴があるとか。私自身は、日頃ストレスというものを感じることがあまりないので(全くない、と言い切りたいところですが、そもそもストレスとはどういうものなのか真剣に考えたことがありませんから、念のためこう書いておきます)、彼の話は今ひとつピンと来ませんでした。

印象に残るスピーチ

それよりも印象に残ったのは、お兄さんが聾唖者という女子学生の障害者問題に関するスピーチや、コンピュータの恋愛ゲーム(日本製のものについてです。ロシアやウクライナでそのようなゲームが開発されているかどうか、寡聞にして知りません)と現実の恋愛を比較した男子学生のスピーチです。

大会後の懇親会(学内の教室のテーブルに軽食と飲み物をならべた立食パーティ)の席で、前者の発表をした人に「キエフの地下鉄などでは、時々手話で語り合っている聾唖者の人たちを見かけますけど、日本では街中で手話を見たことがないですね」と言ったところ、「日本では、ウクライナよりも聾唖者が少ないんでしょうか?」と聞かれ、返答に窮してしまいました。

ロシアの手話とウクライナの手話は、やはり多少異なっているそうです。アメリカの手話とイギリスの手話も違うらしく、それぞれ別個に成立した事情があるのでしょう。

《原子力発電》についての意識の変化

環境問題に関しては、「自然現象と人間の生活」というテーマの女子学生のスピーチがあり、地球温暖化の危機について述べた後、環境破壊を防止する対策として、個々人の努力とともに政府レヴェルでの施策(環境問題についての会議開催・自然にやさしいエネルギー源の開発)が必要だとするものでした。

で、「自然にやさしいエネルギーの作り方として、どんなものがありますか?」という質問をしてみたところ、太陽発電や風力発電が挙げられた後、「原子力発電は、事故のためにこわがられるようになりましたが、しかし安全に使えれば将来のために必要だと思います」という答えが返ってきました。

この答えに対しては、大いにツッコミを入れたいところですが、質問を重ねれば他の出場者に対して不公平になってしまうので、ぐっとこらえました…ひょっとして、世間ではこういうのを「ストレス」と言うんでしょうか? ちなみに、最近ロシアとの間で電力輸入に関する契約が結ばれたという報道があり、その原因として、火力発電所用の石炭供給が90万トンも不足していることと、フメリニツキー原発2号炉が622日から運転停止していることが挙げられていました。

しかし、後者の原因については、明確にされていません。私がウクライナに来た1994年当時には、各地の原発でのトラブルがそのつど新聞記事になっていたのに比べると、国民やメディアの敏感度()が下がってきたのかどうか。

少女合唱団のピアニストVさん

もう一度話題を変えます。一昨年私が日本でのチェルノブイリ・チャリティ・コンサートで通訳をした少女合唱団のピアニストVさんは、以前にも書いた通り本業が国営ラジオ局の職員なのですが、この8月に40歳を迎え、その記念コンサートということで、彼に縁のある音楽関係者らが出演する催しが930日に都心の「教師会館」で開かれました。

このコンサートは、彼がずっと伴奏をしている、「歌う家族」というアマチュアのロマンス愛好家サークルの定例演奏会をも兼ねており、このサークルの一員が私の購読している『今週の鏡』紙の記者で、「歌う家族」についてその人が書いた記事を見たことがあります。

少女合唱団(「キエフ・ナイチンゲール合唱団」)も出演し、Vさんがステージで写真を映写しつつ彼女らの日本でのツアーにつき語った後、日本の歌(『ビリーブ』)を私も一緒に歌うよう依頼されていたので、冷汗をかきつつなんとか歌いました。ステージでマイクを持たされて歌うなどというのは、生まれて初めての経験で、ついでに最後になればありがたいものだと思っています。

ちなみに、このVさんはヴェジタリアンで、彼が以前出演した菜食主義に関する短いTV番組もステージで上映されました。魚を食べることは彼の主義に反しないので、日本での食事は彼にとって問題が少なかったのではないかと思います。

世界的金融危機の影響

最後になりましたが、世界的金融危機はウクライナ経済にも当然影響を与えており、各財閥の資産見積り額がそろって大幅に下落したのを初めとして、主要輸出品目の一つである鉄鋼の生産額は3分の1に縮小されているというTVニュースがありました(中国の鉄鋼とのコスト競争に敗れている、という理由もあるとの解説でしたが)。一時ドル安・ユーロ安で推移していた為替相場も、グリヴナ安になってきています。それじゃまた。(2008年108)


デザイン&入力:Ryuichi Shimizu /Yoshiko Iwaya/Yumi Kusuyama /Hiroshi Hamasaki/Kayoko Ikeda/Takumi Kohei/Yui Kuwahara/Chihiro Fujishima■監修:Hiroshi Dewa

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