No.28




空港にてタクシー料金の値引き交渉

8月の3週間ほどを日本で過ごし、キエフに戻ってくると、気温はすでに20℃前後、雨がちの涼しげな天候になっていました。大きな荷物を抱え、しかも暮れかける時刻だったこともあり、空港から自宅までタクシーを使いましたが、タクシーの客引きの持ちかける料金は昨夏よりも3割方高くなっており、私が難色を示すと、「ガソリン(の値段)が上がってるんだから!」と言われ、同じ会話が昨年もあったことを思い出しました。

料金値引きを交渉してみたところ、「学生割引にしてやる」と1割引になりましたが、学生でなくともこのくらいの割引は交渉の範囲内でしょう。ビジネスマンには見えない質素な身なりの人間がひとりで大きな荷物を持っていれば、学生と思われるのもまあ不思議ではありません。東洋人が実際の年齢より若く見られるのもよくあることです。

ウクライナの印象を尋ねられて

タクシーの客引きと運転手は別人で、彼らの関係がどうなっているのかはよく知りませんが、私の乗った車の運転手には「中国人?」と尋ねられ、「日本人だ」と答えると、日本の発展した工業や科学技術に対する称賛の言葉が返ってきました。生まれてこのかた、こういった分野に関し何らの貢献もしていない私は、いつもながら面映い思いをせざるを得ません。

「ウクライナは長いのか。印象はどうかね?」と聞かれ、「まあ、慣れたから」とあいまいな答えをしていると、「人間はいいだろ?」と言われました。確かに、私のように不器用な人間がこれまでウクライナで生活でき、楽しい思い出をいくつも作れたのは、多くの知人友人の好意と尽力のたまものと言わなければならず、この問いに反論の余地はありませんが、その善良さに拮抗するだけの悪を持ち合わせた人物をもウクライナが多く抱えていることは、日々の新聞の紙面からもうかがえます。

人間の諸性質が明快におもてにあらわれやすい風土では、その一面のみが発揮されるわけでない、ということなのでしょうか。しかし、こういう感慨をしみじみと味わっている余裕が、この国の人たちにあるわけではもちろんありません。「新しい首相になってから、何か変化はありましたか?」と聞いてみると、「今のところは静かなもんだよ」との答え。実際、帰宅後の数日に眼を通した新聞雑誌の記事で判断する限り、とりわけて目立った政策の変化はこれまでにはなかったようです。

市営パン工場のパン、ついに値上げ

キエフでは、これまで数年抑えられてきた市営パン工場のパンの価格がついに上がっており、私がふだん買う楕円形の白パンは、11.1グリヴナから1.4グリヴナになっていました。ちなみにガソリンの価格は、レギュラーで1リットル4.7グリヴナ、ドルレートは1ドル=5.4グリヴナ程度で、現在の最低賃金額は月375グリヴナ、121日からは400グリヴナになる予定。平均月給額は、20066月時点で1,000グリヴナに達したということで、これは3年前の3倍強、一方この3年間のインフレは37%。

増大する中産階級層・遅い意識の変化

『通信員』92日号には、ある機関が継続的に行っている世論調査(人口5万人以上の町の住人計1万人対象)「あなたの家族の家計をどう評価しますか?」の結果に関する記事があります。

「食費も切り詰めざるを得ない」という回答は、2003年後半期で20%ほどだったのに比べ、2006年前半期では8%ほど。「食費はまかなえるが、衣類や靴を買うには、貯金または借金が必要」は、同じく33%から21%に減少。「食費と不可欠な衣類、靴はまかなえるが、高価な服、携帯電話、掃除機等の購入には貯金または借金が必要」は、同じく27%から40%に増加しています。

記事の筆者(市場調査機関の職員)は、「購買力の増大の程度に比べて、人々の意識の変化は遅く、ウクライナ人は以前同様自らを貧しいとみなすことを好んでいる。しかし実際には、中産階級に属する人が貧困層よりも多くなるまであと一歩だ」と論じていますが、最後に「しかし、人々がそれを信じるためには、ウクライナ史上最も裕福な現内閣のメンバーは、豪華な車、時計、スーツで国民を驚かせることをやめなければならない。それは難しいことではないだろう。というのも、彼らはもうすでに充分すぎるほどすべてを見せつけているのだから」と付け加えることを忘れていません。

政治家に対する国民の信頼度

さて、新政権に対する国民の評価ですが、82日から6日にかけて行われた2,006人対象の世論調査によると、政治家各氏の国民の信頼度という項目で最も高い信頼を得ているのはヤヌコーヴィチ氏(「信頼する」50.4%、「信頼しない」42,6)

オレンジ革命3派閥に属していたものの、寝返って地域党と組んだ社会党の指導者マローズ氏を「信頼する」と答えた人は38,5%、ユシェンコ氏は34,9%、最も節操を貫いたかに見えるティモシェンコ氏が33,4%と、なんだか理解に苦しむ結果が出ています。

とはいえ、この「信頼度」という言葉を文字通りにとる必要はなく、支持率と考えた方がいいのかもしれません。「どんな政権でも、発足当初は前政権に失望した国民の期待を集め、高い支持率を得るのがふつう」との分析を、この世論調査結果を引いた『通信員』の記者は書き添えています。同時に行われた、支持政党についての調査(「もし今週末に選挙が行われれば、どの政党に投票しますか?」)では、地域党が43,9%、ユーリヤ ティモシェンコ ブロックが21,7%、大統領の与党「我らのウクライナ」は11,5%という結果になっています。

国民の力−独立記念日によせて

 『今週の鏡』826日号の、15回目のウクライナ独立記念日(824)にちなんだ記事で、政治部のラフマーニン記者は「すでに偶像となるべき政治家は存在せず、問題だけが残っている今、それを解決しようとしない政治家たちを動かすべきなのは私たち国民だ」と論じています。

同記者はまた、「彼らに道を造らせ、(集合住宅の)エレベーターを修理させ、教師の給料を上げさせ、病院に薬品を運び込ませるのは私たちなのだ。子どもの遊び場に高層住宅を造らせず、税金を上げさせず、ジャーナリストを殴らせない[比較的最近の、地域党所属某議員による、取材中のTV局員殴打事件をさす]のは私たちだ。一刻も早い解決を必要とするすべての問題が、小さな独立広場[オレンジ革命時、連日抗議集会が開かれた都心の広場。国民の直接抗議行動の象徴]をもたらすようになれば、権力はついに、本来のつとめ、すなわち国民の生活の、また国の発展の妨げとならないことを始めるかもしれない」として、個々の政治家へのシンパシーに依拠することを戒め、「この幻想の墓場で生き延びるのは、我々が問題を解決する手助けのできることを実地に証明し得る政党と人物だけである。それに際して、彼らがどれほど頻繁に教会に行くか、どんなデザイナーの服を着ているか、どんな時計をつけ、どんなスローガンを口にしているか、はそれほど重要なことではない。彼らの叫びや溜息、約束や涙に気をとられてはいけない。政治家の弱点は、彼ら自身の問題だ。しかし、彼らに私たちの力を見せつけることを忘れてはならない」として、最後に20年前の兵役時代の彼の経験、ベラルーシの僻地の行政に見捨てられた村のうち、荒れ果てる一方だった村と、気概ある村長の下、自給自足で充足した暮らしを続けていた村を見たという話を引いて記事を終えています。

日本の政界への思い

確かに、政界のすったもんだを連続ドラマ的に鑑賞して一喜一憂するのに比べれば、こういう冷静さは歓迎すべきであり、日本の政界を見るにあたっても聞くに値する意見ではあるでしょう。民主主義の源泉が民衆の意志にあるというのも、ごくまっとうな発想です。しかし、新聞が政治家の果たすべき「消極的役割」について改めて主張しなければならないというのは、なかなか寂しいことのようにも思えますが。(2006年93)
                                       竹内高明(キエフ在住)