No.20





前国家保安・防衛会議議長ポロシェンコ氏の疑惑に関する捜査

 前回の原稿を書いた後、前国家保安・防衛会議議長ポロシェンコ氏に対して、キエフ市内のビル建設に便宜をはかった見返りに株式の形での贈賄を受けたとの疑いで最高検察庁の調査が開始されました。
 ところが間もなく、検事総長ピスクン氏が大統領により解任され
(彼によって行われていた、ゴンガゼ記者暗殺事件を初めとするいくつもの重要事件の捜査の進行状況がはかばかしくない、という理由で。この理由がもっともに聞こえるのも事実ですが)、やがてポロシェンコ氏の疑惑に関する捜査も、その裏付けとなる事実がないとして中断されました。
 しかし、新検事総長にメドヴェジコ氏が指名されたのとほぼ同時に、最高会議の高級官僚汚職調査委員会の委員長は、「最高検察庁が追求を止めたのはポロシェンコ氏の疑惑のうち一件についてのみであり、その他の資料に関しては捜査が続いている」と発言。
 
ミッタル・スティールによるクリヴォイ・ローグ製鉄所落札

 それはさておき、
10月のウクライナでのおそらく最大の話題は、最高会議の反対決議を大統領が押し切ってクリヴォイ・ローグ製鉄所(Криворожсталь)の再民営化公開入札が行われ、TVによる生中継で、鋼鉄生産量世界第2位のインド系多国籍企業ミッタル・スティール(Mittal Steel)が約48億ドルで同製鉄所を落札する様子が放映されたことでしょう。
 この落札価格は、旧ソ連諸国での企業民営化で最高のものであるばかりでなく、ウクライナ独立後に民営化で得られた利益の総額を上回るものです。

多額の資金使途をめぐる最高会議の2006年度予算の審議

 同製鉄所は鋼鉄生産量では世界第
30位ですが、その輸出量では世界第7位、ウクライナの鋼鉄の20%を生産している由。
 ロンドンに
12800万ドルで購入した豪邸を構えるミッタル氏は、国際的なロビー活動や贈賄疑惑などのエピソードに事欠かない人物のようですが、最高会議での2006年度予算の審議の季節を迎えたウクライナでは、この多額の資金の使途が注目の的となっています。
 ユシェンコ大統領は、「我々は、この資金がすべてのウクライナ国民の利益のため用いられるメカニズムを創設中である」と述べ、集合住宅の近代化、農村への援助、科学技術助成などのプロジェクトを列挙したそうです。
 しかし独立系マスコミでは、国としての経済発展に関するヴィジョンの欠如を鋭く指摘する声もあり、また来春の最高会議選挙に向けて国民の受けを狙った賃金・年金値上げに費やされるだけになるのではという危惧も表明されています。

医療機器の不備・老朽化

 この時期に私は
3度ジトーミル州に行く機会があり、うち2度は、強制移住区域と任意移住区域を含むチェルノブイリの汚染地域であるナロジチ地区を訪問しました。
 
1度は、外務省草の根無償支援プログラムの事前調査として日本大使館職員の方々に同行し、同地区の地区中央病院と、2ヶ所の准医師駐在診療所を視察。訪れた診療所には、医薬品保存用の冷蔵庫と、産婦人科診察用の椅子、新生児体重計のほか、医療機器らしいものは何ら見当たらない状態でした。
 地区病院からは、胸部レントゲン装置供与の申請書が提出されており、人口
11,000人ほどの同地区で、現在登録されている結核患者は76人。同院の胸部レントゲン装置は老朽化し、故障を繰り返すのを無理に使っているということでした。

結核の蔓延

 ウクライナの刑務所で結核が蔓延しているのは周知の事実であり、刑期を終えた人が住宅を求めて汚染地に来、移住後の無人と化した家に住みつくのもままあることだというのが地区病院長の話です。
 ちなみにウクライナでは、平均
1日に82名が結核患者として新規に登録されて、毎年1万人近くが結核で亡くなっている、という報道も10月末にありました。(直接関係はありませんがついでに書きますと、エイズウイルス感染者数の増加率については、ウクライナはヨーロッパで最高の値を出しているということです。)
 地区病院の予算は地区予算の
20%を占めているものの、その9割弱は職員給料に消え、医療機器の更新にまではとても余裕がありません。入院患者の食材は、地区の農場から無料で提供を受けているそうです。

チェルノブイリ汚染地区への新たな支援のための調査 

 その後
1週間も経たないうちに、今度は「チェルノブイリ救援・中部」の代表団と同地区に行き、ずいぶん久し振りに1泊しました。
 以前から同地区病院を支援している「救援・中部」が、ナロジチで汚染から住民の健康を守るため、何か新しいタイプの支援ができないかということで調査を試み、地区行政や地区保健所の食品放射能測定室にも行ったのですが、政権交代の余波はここにも及び、地区行政長は新しい人物になっていました。
 地区予算の
8割は国からの補助だということです。地区内の主産業は農業・林業ですが、訪れたある村の農場は、機器の老朽化やガソリン価格の高騰、穀物の市場価格がコストを下回るなどで、耕地面積の半分しか作付けしていない状態。
 村内の文化的施設は学校と図書館に限られており、高校の年齢の生徒たちは隣村の学校に通っているということでした。
 この村では、掘り抜き井戸からポンプで汲み出した水を供給する上水施設があったのですが、ポンプが故障し、新規購入ができないまま再び各戸の井戸に頼る生活に戻っていました。
 学校給食の食材は、汚染されていないものが運ばれてくるそうです。

食品放射能測定室のデータ

 地区保健所の食品放射能測定室のデータによれば、今年
1月から8月までに測定した検体のうち、野生動物の肉の放射能の最大値は10,200ベクレル/kg(セシウム137について。以下同様)、野生キノコの最大値は6,264ベクレル/kg、野生のベリーの最大値は6,873ベクレル/kgでした。
 キノコについて、危険性をアピールしていますかとの問いに対し、保健所長の答えは「それは市場の掲示板や地区の新聞などでも指導してますよ。でも年寄りが採って食べるのを止めさせることはできません。若い人は、比較的汚染の少ない森で採ったりしているようですが...。この地域では、とにかくキノコが豊富で、食生活の一部になっているんです。キノコを食べるなというのは、日本人に米を食べるなというのと同じでしょう」というもの。
 以前、地区病院の院長が、「このあたりで大量にキノコを採り、サンクト・ペテルブルグあたりで売りさばいてもうける輩がいる」と話していたのを思い出します。
 ちなみに保健所長氏
(男性)は、夏野菜の酢漬けにこだわりがあり、自分で毎年漬けるとのことで、代表団に3?入りの瓶をプレゼントしてくれました。キュウリ、トマト、キャベツ、ピーマンなどが各種のハーブとともに漬け込まれたものです。野菜はそれほど汚染されていないというデータを信じて、代表団のメンバーと一緒にいただきましたが、こだわりを強調するだけあって、市販のものなどよりはあっさりとした飽きのこない味でした。

キエフに戻って 

 こういう場所から、キエフに戻ってくると、ウクライナ対日本のサッカー親善試合があって日本の
TV局が撮影に来ていたり、「毎日書道会」による大規模な書道の展覧会があったり、キエフ駅のそばの新しい映画館(ゲームセンターやファースト・フードの店などのほかに、いくつかの映画ホールが入っている近頃出来の総合娯楽施設)でのアジア映画フェスティヴァルで『だれも知らない』や『血と骨』が上映されたりしています。私は、やたらに忙しかったこともあって、そのどれにも行きませんでした。
 
日本大使退任

 日本大使が退任されるということで、恒例の日本国外務省文化支援で某音楽学校に提供されたピアノ
(十中八九、ヤマハ製品でしょう)を用いてのフィルハーモニー・ホールでのコンサートとその後のレセプションもあったそうですが、その日も私はジトーミル市にいました。

小説『北海道警察ロシア課』のその後

 あと、前回に書きました『北海道警察ロシア課』の小説ですが、終わりに近づくにつれて急激につまらなくなり、推理小説としての結構をほとんど放棄しているのではないかと思えるほどでした。でも、誰が書いてるのか、ロシアの日本語界あるいは日本のロシア語界で探せば、案外たやすくつきとめられそうな気もしないではありません。                          
(2005年118)
                                       竹内高明(キエフ在住)