エハヌーロフ首相任命−背後に「地域党」との協定
ティモシェンコ内閣退陣後首相代行となったエハヌーロフ氏は、9月20日の最高会議では首相任命承認に過半数の投票を得ることができませんでした。そこでユシェンコ大統領は、22日の再投票に先立ち、あの長い選挙戦を争った当の相手であるヤヌコーヴィチ氏の率いる「地域党」との協定を結び、同党の追加票を得てエハヌーロフ首相の任命を勝ち取りました。実は、ユシェンコ大統領は、ティモシェンコ内閣解散後の「政治危機」を乗り切るために「ウクライナの将来のための団結・協力宣言」を提唱していました。「地域党」は、この宣言に同調した10の議会内派閥の一つになっていたわけです。
「ユーリヤ・ティモシェンコ・ブロック」は首相承認投票棄権
一方、ティモシェンコ氏の率いる「ユーリヤ・ティモシェンコ・ブロック」は、共産党や統一社会民主党など従来の野党と軌を一にして、「宣言」にも加わらず、エハヌーロフ首相承認の投票では棄権しました。大方の意表をついた大統領とヤヌコーヴィチ氏の協力は、今や再び野党勢力の強力なリーダーとなる可能性を大いに秘めているティモシェンコ氏を牽制し、「国益のためには恩讐を超えて敵と和す大人の政治家」というイメージ作りをする、という目的の一致が生んだものとも言われています。
オレンジ革命の理想・エハヌーロフ内閣の使命
エハヌーロフ内閣は、来年3月の最高会議選挙までに最大限国内の政治・経済情勢を安定させ、ユシェンコ政権に対する国民の信頼を回復するという使命を担うため、政治的野心とは無縁の実務的閣僚を揃えたとされています。もっとも、大統領のヤヌコーヴィチ氏への歩み寄りは、オレンジ革命の理想を裏切る妥協としてかなりの国民の反発と幻滅をも招き、各種の世論調査では、大統領に対する不信感が信頼度を上回るという事態を招きました。とはいえ、10月に入ってヤヌコーヴィチ氏は、上記の協定に含まれていたいくつかの条項(「政治的信条の如何による不当な解雇・訴追を行わない」「地方議会議員にも不逮捕特権を認める法を制定する」など)が政府側によって守られていないとし、協定へのサインを取り消す可能性を口にしています。
欧州評議会会議におけるウクライナ批判報告
一方、ストラスブールでの欧州評議会会議では、ユシェンコ政権成立後初めてウクライナに対し批判的な報告が行われ、ゴンガゼ記者殺害の指令を出した黒幕についての捜査が遅々として進まないこと、前内務相の自殺や同事件のカギを握るとされるプカチ将軍の国外逃亡を未然に防げなかったこと、諸政治勢力間の争いが国の発展を脅かしていること、などなどが指摘されました。ゴンガゼ事件に関しては、この欧州評議会会議の席上で、社会党のルディコフスキー議員が、最高会議議長リトヴィン氏の「ゴンガゼ氏殺害の背後には、事件後クチマ大統領の盗聴テープを発表してスキャンダルを巻き起こした社会党党首マローズ氏がいる」との示唆に反撃、リトヴィン氏とその一味こそがゴンガゼ事件の審理を妨害していると発言しています。
コセンコ記念音楽学校訪問
ところで、2003年のホロヴィッツ・コンクールに参加した大阪のピアニスト鈴木謙一郎さんが、コンクールで弾いたコセンコという作曲家の作品を日本でもコンサートのレパートリーに入れたいということで、コセンコに関する文献の調査を頼まれました。チェルノブイリ事故の夜、消防士たちの被曝線量測定をして間接被曝したNさんに、母娘でピアノ教師をしている知人がいると聞いていたので、このD家の連絡先を教えてもらい、娘さんがキエフ音楽院在学中に書いたコセンコに関するレポートをコピーさせてもらったのですが、お母さんが教えているその名もコセンコ記念音楽学校を訪ねて行ったところ、ちょうど彼女がレッスンをしていた少年のお父さんは著名なチェリストで、日本でも演奏したことがあるという話でした。
作曲家コセンコの作品の紹介
それはともかく、19世紀末にペテルブルグで生まれたコセンコは、1918年に同地の音楽院を卒業した後、1928年までジトーミルの音楽専門学校でピアノ科の講師を務め(その後は1938年の死に至るまで、キエフ音楽院の講師・教授)、ソロ及び室内楽のピアニストとしても名を成したということです。鈴木さんによるコセンコの演奏(「2つの詩曲・伝説」1921年作)は、10月22日9:00からのNHKFM「名曲リサイタル」で聞けるそうです。私は、鈴木さんがキエフ音楽院のコズロフ教授にこの曲のレッスンを受けた際の通訳をさせてもらったのですが、ちょっとスクリャービンに近いものを感じるロマンティックな小品です。コセンコの楽譜を入手して送る依頼も受けましたから、そのうち鈴木さんによって彼の他の作品が日本で紹介されるようになるかもしれません。
ロシアの新刊本「北海道警察ロシア課」シリーズ
さてこの後は、最近キエフの書店で買った警察小説の話を書かせていただきます。もういつか忘れましたが、去年だったか、どこかで背表紙に漢字のあるロシアの新刊本を見つけ、手にとって見ると、表紙には「神梨国男北海道警察」という漢字が並んでおり、「神梨国男」という「北海道の各紙に犯罪関連記事を載せているジャーナリスト」がものした、「北海道警察ロシア課」シリーズの1巻だということになっています。ただ背表紙の漢字が「道敬」となっているのがご愛嬌です。その時はそのまま棚に戻したのですが、8月に東京で会ったロシア語通訳のMさんにこの本の話をしたところ興味を示されたので、入手してプレゼントするお約束をしました。
著者ペンネーム「神梨国男」氏をめぐって
キエフに戻り、2004年にモスクワで出た『北海道警察ロシア課・悲嘆にくれる未亡人の尋問』(直訳です)を購入し、ちょっとのぞいてみようと思ったところ、これが意外に面白く、つい真剣に読み始めてしまいました。といっても、今の私はやたらに忙しく、食事中と地下鉄での移動中しか本を読む時間はないのですが。面白さの核心は、この「神梨国男」氏は、どう考えてもロシア人に違いないということです。ここで詳しく説明する余裕がないのが残念ですが。おそらく「無神論の国(ソ連)に生まれた男」という意味のペンネームだろうと推察します。「天皇を中心とする神の国」という某元首相の発言に触発されたものかどうかはわかりません。ともあれ、道警ロシア課の源達也警部の一人称でつづられるこの物語は、小樽港の観覧車、千歳空港、札幌都心のホテルなどそれなりの臨場感を持たせる描写を備え、「日本人の皮をかぶったロシア人」の日本社会の細部に関するコメントで笑わせ、中古車ブローカーの妻でサハリン出身の片山イリーナ、新潟県警の短躯の警部補村上あゆみ、ロシアの現代作家ソローキンの研究者であるノヴォシビルスク大学の講師など、マンガ的ながらそこそこ魅力的なキャラクターを繰り出して、今のところ(382ページ中152ページまで読みましたが)退屈させません。まあ、中学生の頃それなりに読みあさったジャンルである推理小説をものすごく久し振りに読んでいることと、2年ほど前に行ったきりの小樽や札幌に対するノスタルジアが、評価を甘くしているだろうことは認めます。でも、日本語に訳すと、このヘンな面白さが半減するのではないかと思われるのが残念です。
(2005年10月7日)