ゴンガゼ氏殺害事件 クチマ氏の事情聴取
寒く雪の多い3月が過ぎて、4月に入りやっと暖かくなってきました。
ゴンガゼ氏殺害事件については、クチマ氏の事情聴取が行われたもののその後捜査がはかばかしく進まず、その理由についてはさまざまに臆測されており、クチマ氏が殺害指令を出したとする「証拠」の会話を含む膨大な量の盗聴テープに、当時の高級官僚たちにとってきわめて不都合な内容が録音されている(らしい)こともその一つとされています。
ロシアの富豪ベレゾフスキー氏資金提供 盗聴テープの解析
イギリスに政治亡命しているロシアの富豪ベレゾフスキー氏は、このテープ録音を行った当時のクチマ氏のボディガード、メリニチェンコ氏を援助してテープの解析資金を提供したことを明らかにしており、3月30日付のウクライナの某紙記事で、同テープに「ウクライナの前政権と共謀していた、ロシア大統領(プーチン氏)の犯罪行為」に関する情報が含まれていると発言。
ウクライナ入国を求めてヴィザの申請をしているベレゾフスキー氏が、ウクライナを舞台に何をしようとしているのか、ロシアに向けて何らかの工作をするつもりなのか、についても噂や推測には事欠きません。氏のヴィザが発給されるか否かの質問に対して、ユシェンコ大統領はこれまで明答を避けています。現在訪米中の大統領にメリニチェンコ氏が会い、盗聴録音のすべてを渡す、との説も流れています。
2005年度予算修正案可決
一方3月25日、ヤヌコーヴィチ内閣の下で昨年12月に採択された2005年度予算(ウクライナの予算年度は1月1日から)の修正案が、最高会議で賛成多数を得て可決されました。収入は22.7%増加して約1,061億グリヴナ、支出は19.5%増で約1,141億グリヴナの赤字予算(1ドル=5.25グリヴナ程度)。
最低年金は現行の294グリヴナから332グリヴナに上げられ、平均年金額は382グリヴナになる見込み。最低賃金については、現行の262グリヴナが4月1日からは290グリヴナに、7月1日からは310グリヴナ、9月1日からは332グリヴナになるという段階的値上げ。
各種手当金増額 収入の増加の方策は
その他出産手当、母子家庭や障害者児童への手当金なども増額。収入を増やす方策としては、経済特区や造船・自動車産業などへの優遇税制見直し、国境税関での密輸取締り強化、国営企業の民営化に際し入札のプロセスを透明にすることで利益を最大限に上げる、などがあげられています。
この予算修正案は、大統領選でのユシェンコ氏の公約を実現するというだけでなく、来年の最高会議選挙を意識した大衆迎合的なものだとの批判もあり、また年金・賃金の値上げに伴うインフレも懸念されています。2004年中のインフレが12%強であったのに対し、政府の今年のインフレ率予測は8%強ですが、実際には15%に達するのではという予測もあります。
ちなみに、政府の提示した修正案には野党側の抵抗でさらに多くの変更が加えられ、最終案(合計3冊の文書)が最高会議議員の手元に届けられたのは、採決が行われた25日の朝だった由。多分に政治的妥協の産物だというべきでしょう。予算案やその修正案に関して、細部に至るまでの報道は官報または経済専門紙でしかなされず、一般の新聞紙上では具体的な数字はほとんど出てこないのが普通です。
年金増額 でもインフレ
私の知人で、元チェルノブイリ原発職員、事故当夜に消防士らの被曝線量測定に駆り出され大量の間接被曝をした50代の女性がいますが、現在無職の彼女の年金額は300グリヴナ程度。
「年金が増えるのはいいことだ。でも結局物価が上がれば、何のありがたみもなくなるだろう」というのが彼女の予測です。
野菜などの物価はこのところ確かに上がっており、ジャガイモ1kg1.5グリヴナ、ニンジンやタマネギが1kg3グリヴナ。パンの値段は、キエフの市営工場製のものは人為的に抑えられており、楕円形500グラムの白パンが1.1グリヴナ、丸い1kgの黒パンが1.28グリヴナ。私が近所のスーパー・マーケットで買った鶏の胸肉は1kg21.24グリヴナ、チーズが1kg31.66グリヴナ。スパゲッティ700gが2.3グリヴナ、米1kgが3.6グリヴナほど。ひまわり油1リットルは6.5グリヴナくらい。
市営の地下鉄やバスは、どこまで乗っても50コペイカで、これまで何度となく値上げが予告されていますが、反対にあって据え置かれています。地下鉄の定期は1ヶ月25グリヴナで、あまり割安感がありません。
映画はいくら?
キエフ市の中心からいうと北北西の方に、ペトリフカという地下鉄の駅があり、駅を出てすぐに大きな本の市場がありますが、その近くにチェーン経営の大型スーパーの店舗ができており、2階にはファースト・フードのカウンターとテーブル、ゲーム・センターの他に、3つの映写室をそなえた映画館があります。こういう施設の原型は、たぶんアメリカ合州国にあり、それがこの国まで波及してきたのでしょう。
ともかくそこで私は、クリント・イーストウッド監督の最新作を観たのですが、チケットを買おうとすると、ちょうど、チケットの払い戻しを求めた娘さんが断られたところでした。チケット売場のお嬢さんは、「彼女から買って下さい」と私に言い、22グリヴナのところ、私が20グリヴナ紙幣のほかには50グリヴナ紙幣しか持ち合わせがなかったため、20グリヴナでゆずってもらえることになりました。
チケットをよく見ると、2列目中央の席でした(映画館の席はどこでも全席指定で、位置によりチケットの値段が違う)。私は、映画館では昔から後ろ寄りの席に座るのですが、この映画に関しては、ボクシングの試合のシーンが迫力満点で観られたので、まあ偶然に感謝することにしましょう。
どうしてこういうことを長々と書いたのかというと、映画も安い娯楽ではないということを言いたかっただけなんですけど。欧米やアジアの映画については、一般にロシアで作られたロシア語吹き替え版が上映されています。ウクライナ語版を製作するよりも、その方が安上がりなのでしょう。
そして書物は?
現代ウクライナを代表する作家の一人、ユーリイ・アンドルホーヴィチの最新作の長編小説を昨年買った時には、23.35グリヴナでした。これが例えば、ロシアの作家ペレーヴィンの新作となると、37グリヴナとかします。上記のもろもろの数字と比較していただければ、当地の文学マニアがあまり楽な状況にないことはおわかりでしょう。
このアンドルホーヴィチ氏は、「オレンジ革命」の時期には、一貫して「革命」陣営に加担する言論を発表していましたが、それも評価されたのか、最近ドイツのオスナブリュックという町が出しているレマルク平和賞(平和と、あらゆる種類の抑圧からの人間の解放への貢献に対し授けられる)の2005年度の受賞者に決まったという報道がありました。
氏の作品は、ドイツの有名出版社であるズーアカンプ社からも翻訳が出ており、また先月のライプツィヒでの書籍見本市で氏がウクライナの若手作家を紹介している映像もTVニュースで流されたばかりです。氏は、1998年に、ウクライナ政府が文化各分野の功労者に出しているタラス・シェフチェンコ賞の受賞を拒否したことでも有名ですが、レマルク平和賞の方は、これまでドイツのH.M.エンツェンスベルガー氏や、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ氏が受賞しているそうです。45歳になるアンドルホーヴィチ氏の時事エッセイは、わりに単純思考という気がして、私はあまり買いませんが、小説は、おもしろく作ってあります。おふざけを好まれない方には、退屈かもしれませんが。
1990年作の処女長編(中編?)は、20世紀小説ファンには懐かしいあの「2人称体」で始まり、モスクワを舞台にした1992年作の『モスコヴィアーダ』はロシア語にも訳されています。ついでに書きますと、以前ご紹介したヴァスィーリ・マフノ氏の『ニュー・ヨークに関する38の詩篇その他』も最近手に入れてぽつぽつ読んでいますが、それなりに面白いです。1960年代には、ニュー・ヨーク在住のウクライナ詩人たちのアンダーグラウンド集団というのがあったそうですが、現在同市でウクライナ語の詩を書いているのは、マフノ氏を含め2人くらいのものだろうということです。(2005年4月5日) 竹内高明