7月4日に行われたイリーナ・プリクさんの講演と
          その後の懇談会について

イリーナさんは、どちらかというときゃしゃで、一般的なロシア人女性のステレオタイプとは違っていましたが、20分でお話しを、とお願いしてから話し出したそのスピードたるや、まさに弾丸のようなトークで、ロシアにおける外国語教育の目指す外国語話者とはどういうものかを目の当たりにする思いでした。

 最初に西シベリアの大都市としてのノボシビルスクについて全般的な説明をされました。当市にはロシア科学アカデミーのシベリア支部が置かれており、ノボシビルスク国立工科大学をはじめ、17の総合大学を擁する学術都市である。私立大学も多いので日本語教育の大きなフィールドがある。ロシア政府はシベリア鉄道をサハリンまで延長して国際化を図ろうとしている。

 当地での日本語教育については、ノボシビルスク国立大学言語学部のオリガ・フロロワ先生(ハルビン出身)のもとで始まり、イリーナさんは1988年入学、93年卒業。当時は日本語と中国語を学び、古典文学の翻訳者を希望する人が多かったが、卒業後は社会の関心がアジア方面に転換した。

また、93年フロロワ先生を会長とする日本語教師協会が作られ、青年会館や日本語クラブで活動を行うようになった。しかしこの協会の活動は大学のレベルには及んでいない。現在大学では、ノボシビルスク人文大学の東洋学部で日本語教育を行っており、ロシア人5名と日本人2名(国際交流基金、外交協会より)が教えている。ノボシビルスク人文大学を含め8ヶ所の大学(ノボシビルスク総合大学、工科大学、モスクワ国際関係大学分校など)に日本語講座があるので、卒業生は将来日本語教師になる可能性がある。

 イリーナさんが所属するシベリア北海道センターは、日本文化を紹介する目的で96年に開設。姉妹都市である札幌市が20%、ノボシビルスク市が80%出資しており、館長はノボシビルスク市の職員である。イリーナさんは5年間札幌市で国際交流員の仕事をしていた。同センターの活動の中には日本語講座もあり、子どものグループや社会人に教えている。2004年からは3週間の日本語集中講座も行っている。2005年にはセンターが10万円助成金を出して、ロシア語学科を卒業した若い人が2人教えに来た。その他、地理、書道、お茶、剣道、琴など30分くらいの日本文化体験プログラムも人気がある。2004年には3000人の生徒が参加した。

 日本語学習の目的だが、昔は日本文化・文学に関心を持っていたのに対し、今の高校生・大学生の日本のイメージと言えば、車、ハイテク、IT、パソコンである。文学では村上春樹が人気を集めている。(日本のアニメの熱烈な愛好者もいるようだ)仕事のフィールドには、日本語教師のほか、技術(自動車部品)がある。2、3ヶ月に一回大手日本企業の視察団が来訪する。そのため、日本語を教えるにもITや自動車部品等について知らねばならない。日本語教育は有料のところが多く、わがままな金持ちの子女も多い。日本にある私立の日本語学校に留学するものもいる。

 その他日露交流の問題点といえば、ノボシビルスク市には領事館がないため、モスクワまで行ってビザを取らねばならないことである。

 この後、活発な質疑応答が行われました。その一部をご紹介します。

Q1.ロシアの教育事情について

A. ロシアでは小・中・高一貫の11年制教育が行われていたが、2.3年後に12年制に移行する。大学では以前は学費がタダだったが、今はほとんどの大学が有料である。ПТУは、昔は成績の悪い子が行く所だったが、今はКолледже Лицейに変わっている。Педагогическое училище Колледжеと改称した。教育ローン制度はロシアにはないので、学費の負担が大きい。夜間大学の場合は有料のところも無料のところもある。教師の給料はペレストロイカ後下がった。教育予算は州や市に任されている。教師の待遇は今安定しているが、極東など遅れている地域もある。また、子どもの間での貧富の差が激しくなり、ガムの形のドラッグやマリファナが蔓延している。ホームレスの子どもも多い(400万人くらい)。

Q2.会話のスタイルについて

A. 初めは丁寧体нейтрально-вежильвый стиль)=日本語教育でいう「ます形」(стиль на мас)だけで教え、ふつう体、敬語については一年後に教える。

Q3.日本語の教科書は何を使っているか?

A 「新日本語の基礎」、外国語大学作成の教科書のほか、Лавленчиев Нечаеваのテ キストがある。前者は文例が古くなっているが、後者には現代的な文例が載っている。

Q4.イリーナさんは何故そんなに早く日本語で話せるのか?そのために特別な訓練をしているか?

A.      最初に外国語としてフランス語を習ったとき、先生が早く話さなくてはならない、フランス語の場合は1分間に150語がノーマルな早さだと言われたのでそういう習慣がついた。訓練としてはラジオのニュースを聞きながら訳すのを2.3年続けると良い。札幌での5年間にわたる研修も役に立った。

Q5.教科書の他にどのような教材をつかっているか?

A.      Университетで勉強するのは「ものの習い方」である。社会人教育では、情報の取り方を教える。インターネットでHPをプリントアウトし、読ませるというより見せる。社会人はすべての単語や文法は覚えられないが、日本語を通じて現在の日本を知ることができる。ExHPで全日空の航空券を予約・キャンセルするなど。

Q6.イリーナさんは子育てと仕事をどうやって両立しているのか?

A.主におばぁちゃんに頼っている。6歳の息子は保育園に通っているが、食事がкаша чайだけであるなど、問題が多い。就学前教育は2年前が早期教育ブームで、3歳からキリル文字、5歳から英語を教えていたが、今は文字以前のボール遊びや縫い物などに力を入れるようになった。

Q7.社会人日本語教育を受けに来る人達の目的は?

A.      4つのグループがあり、@ITプログラマーで日本人相手の仕事をしている人達

Aお金持ちの奥様方で日本に観光旅行に行くため Bモデル・ダンサー志望者

Cアニメファン(cf.トムスクでは学生の1025%を占めているそう)

だが、一番困った生徒はBで、日本に仕事に行って帰って来た人達がとても汚い日本語の話し方を身に付けてしまっており、周りに悪影響を及ぼすのが困るとのこと。

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最後にプリクさんから通訳協会にシベリア北海道センターとの提携の呼びかけがあり、日本語教師派遣、翻訳のネイティブチェックなどに協力してもらえないかと打診された。
当面同センターと通訳協会HPをリンクして見られるようにしよう、ということになり、そのための作業をHP担当者にお願いした。
2005.8 (村山)