20031122日、国立オリンピック青少年総合センターと協会事務所にて

通訳協会恒例のシンポジウムが開催されました。

 

テーマ 「異文化間コミュニケーションの最前線で―通訳者に求められるもの」

第1部 「《ロシア語会話とっさのひとこと辞典》をネイティブチェックして」講師:名田スヴェトラーナ氏

経験交流会「私の異文化体験」議題提起:米原万里氏

第2部       「通訳者・翻訳者のためのロシア語学習法と教材」来日中のロシア語教育専門家を囲む会

 

シンポジウムの感想(第一部)

 

柴田 友子 

第一部、第1セクションは、名田スヴェトラーナさんのお話。『とっさのひとこと辞典』の表現を例にとりながらの説明で、日常会話のいろいろな場面がいきいきと語られた。

通訳者は、おそらくどのレベルの人も、機会あるたびにロシア語の「引き出し」を整理しなおしたり、使いたいと思うフレーズをだいじにためこんだりしながら、自分の言葉の底上げをはかっていると思う。日々の仕事に追われる通訳者の「引き出し」は、三層構造。@目前の仕事のための個々のターム(これは毎回忘れるしかない)Aそれらの用語をつなぐための述語やその分野ででてきそうなフレーズ、そしてB日常会話のことば。仕事が忙しいので、本当はとても大切なBには手がまわらないことが多い。

スヴェトラーナさんのお話は、その場で自分の表現をみなおす機会にもなり、「その節は、ありがとうございました」とか、「わざわざ・・・してくださって」というような表現も、自分が普段使うことにしている表現とはまた違って、おもしろいと思った。

エピソードもまじえ、ユーモアたっぷりに、相手の名前を忘れてしまったらどうするか、とか、握手や抱擁はどの程度必要か、電車の中で隣の男がしつこいときどんな言い方で撃退できるかなど、実践的かつ日露の文化の違いにも触れるお話だった。

また、Культура сильно упала! とおっしゃり、言語の品の良さが失われていく中で、過去には普通だったあいさつの言葉が、ばかていねいな感じに受け取られるものもあると指摘されたのが印象的だった。

第2セクションは、「私の異文化体験」と題した経験交流会。実際の通訳の場での「異文化体験」を数人が語ったところで時間切れとなり、焦点を絞った議論という形にはならなかったが、実に様々な分野の体験談を聞くことができ、会員の活動の幅広さを感じた。

「タトゥー」のテープ翻訳をして感じた世代間の文化の違い、技術者同士は理解しあっているのにその文化圏からはみだしてしまう通訳者の悲哀。これも広い意味での異文化だろう。「お疲れさま」「粗末な食事で・・」に類するものを配慮無しに直訳してしまい、あとで文化の違いを説明するはめになった。ガイドとしてロシア語だけでなくいろいろな言語のお客さんを一緒にお世話する苦労、「遺伝子組み替え」と日本では言い慣わしているが「組み替え」と直訳しても伝わらなかったその理由、遺骨収集の仕事で火葬についての日本とロシアの感覚の違いで苦労した話など。

私があげたのは、自分自身が絶対に口にしたくない表現であるため訳すことができず、困惑した体験。もうずっと昔の話だ。(日本ではタブーとされる差別的な話題をロシアのお客さんが堂々と述べた。また、日本側がロシアのお客さんに対し本人の身体的特徴を話題にした)。これに対し、「帰国して日本の学校にはいり、生徒達が人の体のことをあげつらって攻撃する野蛮さにショックを受けた、仕事の場であってもはっきり指摘すべきではないか」「私なら、きっとそのまま訳す」と帰国子女のお2人がそれぞれコメントしたのは、印象的だった。(「そのまま訳す」ためには瞬時に繊細なことばの選択ができなくてはならないので、実は、それはだれにでもできることではない。)私は、今でもおそらく、八方美人的態度をとると思う。発言した本人にさえ、気まずい思いはさせたくない。

「とても日本的(ロシア的)だ」と感じることは、仕事の場でも時々ある。でも、通訳者が危機におちいるのは、実際は異文化間の摩擦によるよりもむしろ自分の言語能力の不足が原因である場合が絶対的に多いと私は思っている。時として意外に思ったり、新鮮に感じたりする発見はたいてい無邪気なもので、仕事の結果を左右するようなものではない。一方、通訳の現場で直接問題になってくるのは、日本語とロシア語があたかも一対一の対応をしているようでいながら、実は双方のその単語の受け取り方は微妙に違っているというケースで、これは結構ある。異文化間の仲介者としては、日々言語感覚をみがく努力をするしかないのかもしれない。

会場には何十年もロシアとの仕事をされた方や、長期在住の方、ロシア生まれの方のお顔も見え、貴重なお話がきけたであろうに、時間が足りなかったのが悔やまれる。

 

 

シンポジウムの感想(第二部)

 

 

Учить  или  учиться вот  в  чем  вопрос

 

清水 柳一 

いつもは閑散とした協会事務所だが、立錐の余地もない。立ち見が出ると思わせるほどだ。シンポジウム第2部、ユーラシア協会の招きで訪日中のロシア語教育専門家を囲んで開いた「夜の部」である。

ロシア側出席者は、ロシア民族友好大学(ルムンバ大学)のロシア語技能向上学部のТ.М.Балыхина学部長、出版社《Русский язык. курсы》のС.Ю.Ремизова社長、札幌大学ロシア語学科のВ.Н.Жданов先生

横山文夫副会長によるロシア語の司会で夜の部も好調に滑り出した。Балыхина学部長によると、あのプーシキンでさえ、使用している単語の数は2万1000語、シェイクスピアでも24000語。普通、7000語も使いこなせれば、家庭生活や社会生活には不自由しない。だが、通訳ともなれば、3万語くらいまで使うことになるというのだ。

続いて、最近の新語に触れた。代表格は、приватизацияを揶揄したприхватизация。 それから、демократияをもじったдерьмократияだという。実生活にどんぴしゃり。ロシア人は言葉を操るのがうまい。語感が研ぎすまされている。激変に次ぐ激変を体験した庶民の賢哲が浮き彫りになっているのだ

フランス語通訳の経験があるБалыхина学部長によると、通訳者としてのロシア語習得には、文法の規則を自由に使いこなして練習するだけでなく、声を出して文章を読むことが肝心だという。人間の記憶力というのは、人によってまちまちだ。概念の記憶に長けてはいても、イメージの記憶に欠けていることがある。だから記憶装置としての頭脳を心理的肉体的な側面から磨き上げる必要があるというわけだ。

その例として「ロシア語でположительный ответを表すのにどんな身振り表現があるか?」とか、「運動の動詞идтиを使って、それぞれидтиの意味(概念)が異なる文を作れ」などという質問が出され、参加者一同、興味津々。前者の答えとしては、頭を縦に振るとか、両手を広げるなどが例として挙げられ、後者としては、Идёт времяИдёт платье. Идёт дождьなどが挙げられた。言われてみれば、「なあんだ」という当たり前の答えだが、頭のコチコチになっているこちらは、ロシア語の初歩に頭が回らないほど血のめぐりが悪くなっている。

むかし、どこかで自己紹介を書いた時、ある作家の手帳から、

Умный любит учитьсяа дурак − учить

との「名言」を盗んで、わが座右の銘と記した覚えがある。ところが、ここ1年ばかり、ロシア語朗読を「教える」立場になってから初めて、この「名言」が「迷言」だと気付くようになった。

учитьсяをめぐっては、20世紀「妖怪」の権化が遺した「明言」もある。これからは、この「明言」に「主語」を加えて、次のような「作文」をモットーにするつもりだ

Учить − это учиться учиться и еще раз учиться!                       

 

 

―次にС.Ю.Ремизова氏の紹介によるロシア語教科書についての書評を少々―

                                       三浦みどり

1.Можно? Нельзя? :Практический минимум по культурной адаптации в русской среде/Н.П. Вольская, Д.Б.Гудков, И.В.Захаренко, В.В.Красных(48p) 5-88337-028-4

 ロシアの家庭や社会での性別・年齢別の関係などを簡潔に説明。お客のもてなし方、接待の受け方、乾杯・プレゼントの礼儀などに注意を向けており、薄い本だが貴重な一冊。

2.А как об этом сказать?: Специфические обороты разговорной речи /Г.И.Володина288p)5-88337-012-8

中級ロシア語学習者向き。会話での相槌、出だしの表現、ひと言の感想、異論を挟む表現などに利用でき、言葉の意味を深めていく表現を駆使するきっかけを与えてくれる。

3.Новости из России: Русский язык в средствах массовой информации/ А.Н.Богомолов 175p)5-88337-003-9

ビジネス・軍隊・政治など報道に出てくる略語、インタビューの質問作り、ニュースのレジメを作る練習問題、サイトアドレス情報、マスコミと体制の関係をめぐるコメント。ロシア語で討論の練習をするにはもってこいの教材。

4.Практикум по синтаксической сочетаемости глаголов/  М.Н. Лебедева (Серия ≪Русский глагол≫) (128) 5-88337-040-3 

 基本的な名詞を変化した形で覚えるのに便利。動詞の求める格が実例で自然に覚えられる。ジョークや格言が豊富。小話を理解する頭の訓練にも、ロシア語を教える時変化とふくらみをつけるのにも有益。                    

 

―上記書籍の購入をご希望の場合は、ナウカ(03-5259-2711)までお問い合わせください―